家族旅行の醍醐味

12月 21, 2012 at 8:15 PM • Posted in 日記コメントは受け付けていません。

旅行の一番の醍醐味は、ある意味旅行の前後にあると思います。

海辺のリゾートホテルにせよ、老舗の温泉旅館にせよ、北海道へのスキーツアーにせよ、沖縄への夏の旅行にせよ、それぞれにたっぷりと遊び倒して、「ああ楽しかったね」やれやれと帰宅して、それからかならず「だけどやっぱりおウチが一番かもね」みたいな話題になるでしょう(笑)
洗濯物の山と格闘する翌朝を考えると、少々ウンザリもするけれど、家の狭いリビングで早速買ってきた土産を広げたり、名産品を並べて缶ビールのみながら、あれこれ旅行をネタに盛り上がるのは楽しいものです。

でもそれ以上に楽しいのは、案外と「旅行を計画中」のときかもしれないってこのごろよく思うんですよ。

例えば家族で「旭川動物園に行こう!」なんて言い出して、それからツアーを探したり、ホテルを予約したり、飛行機にしようか、寝台列車はどうだろうって、大騒ぎになったりして。
今はネットでなんでも検索できるから、ツアーはツアーでも、ホテルの名前がわかると今度はそのホテルを検索して、「けっこうイイみたいだよ」と会社にいる夫とメールの遣り取りしたり。

予算もあることだから、時には日程を変更したり、希望どおりにはいかないけれど、子供たちも「オレ、このおもちゃ持って行く」だとか「行くときは赤いワンピースがいい」とか、まぁどうでもいいようなことでも賑やかなものです。

それで、旅行鞄を取り出して来て、着替えの下着だ、化粧道具だ、ビーチサンダルはどこだと荷造りしているあたりが一番楽しいのような気もします。

それはやっぱり、旅行という「いつもと違う大イベント」に対する、わくわくする気持ちの証かな。
それからまた、いつもと違う大イベント、非日常的な旅行から、暮らしの息づかいにあふれるわが家という「日常」へ帰ってきたことの安堵感。その安堵感からくる「わが家」=「家族」に対する気持ちが旅行後にはちょっぴり、大きくなっているような気もします。

家族旅行の醍醐味は、家族の思い出の1ページが増えることでもあるけれど、同時に「おウチ」に対する意識を自然と認識させてくれるところにもありそうです。

親族大集合旅行のこと

12月 19, 2012 at 10:14 AM • Posted in 日記コメントは受け付けていません。

二泊三日、親戚総動員で秋の行楽シーズン大旅行に行って参りました。ヨメ歴10数年の私ですから、さすがにもう縁戚づきあいも慣れてはきましたが、それでも気は使うものです。
もっとも夫の一番とし若い従兄弟の新婚ヨメはかなり気張っていて、お疲れのご様子でした。帰宅してから、きっと従兄弟に「もうイヤだわッ、ああいう親戚いっぱいの旅行なんて!」と文句つけてるに違いない(笑)

最近、どうなんでしょう。
こういう一族勢揃い旅行とかって少ないのかな。
なにしろ核家族が普通の時代ですからね。せいぜい、自分や夫の両親との旅行、ぐらいのものでしょうか。

うちの夫は、義母がたの親戚が宴会好き&企画好きで、1年に1度はこんなふうにみんな集まって旅行だ、宴会だとやっているんですよ。
新婚の頃はこれがイヤでしょうがなかったけど。でも子供が産まれると、大勢の従兄弟やはとこたちと遊ぶ姿を見るのは悪くないもんだし、こちらも母親になると態度もだんだんデカくなってきて、お姑さんや大叔母さんやらの大御所相手でも「ハイハイ、そうざんすか」と軽く受け流せるようになってきますからね。

今回の旅行は夫の母が企画したので(親戚の中で幹事的な役割がどうやら順番に回っているらしい)、私も旅行会社のほうにおつきあいで一緒に行きました。
旅行会社の人が、「最近はそういう親戚みなさまでご旅行という計画もめっきり減っていますよ」なんて言ってましたから。

たまたま、義母がたの親戚は都内一円に住んでいるので集合しやすいということもあるのでしょう。また、義母は6人姉妹+長男なので、姉妹たちの連絡がひんぱんだからこそ、こういう計画が持ち上がるのでしょう。

年若い従兄弟のニュー嫁は、私が夜に外の庭園で一服してたら、やれやれといった顔つきであらわれました。
「疲れたでしょう」
と私が笑いながら聞くと、だまってうなずいていました。
「でもまぁ、だんだん慣れるよ。あんまり気を遣わないで適当にやってたらいいんだし、面倒だなって思ったら旦那に文句つけときゃいいんだし」
小さなアドバイスもしておきました。

それは私が昔、はじめてこの「親戚大旅行」に行ったとき、義母の姉妹で一番末っ子の(つまり夫のおばさんにあたるわけですが)人に言われたことです。

やれやれ、自分もこうして、「一族のオバチャン」化していくんだなぁと思いつつ、なんとなく、「嫁に来るってことはこういうことなんだよな」となじんでいる自分に結婚してからの歳月の重み、みたいものを感じた旅行でした。

女性おひとり様用ホテル

12月 17, 2012 at 10:14 AM • Posted in 日記コメントは受け付けていません。

いいホテルってどういうホテルなんでしょうね。ホテルも種類はたくさんありますが、たとえば妙齢の女性がひとりで、体を休めることのできる「いいホテル」ってどういうホテルなんでしょうか。

やっぱり、ホスピタリティっていうの? サービスがいいところかな。
高級旅館とかじゃなくて、ホテルっていうククリになると、プライバシーとかの問題も大きいように思いますし。ホテルに付属した施設、例えばプールとかジムとか、バーとかね。
そういう場所が充実していて、もちろんレストランもすてきでね。
私は夜中に小腹がすくタイプなんで、24時間のルームサービスも欲しいとこです。
それからベッドと枕、かな。
ホテルならでは、というところで、やっぱり家とは違う、高級寝具に包まれて、寝心地のいいベッドで、ピンとノリのはったシーツにくるまれて、ぐっすり眠りたいから。

でも一番、ホテルに望むのは「非現実的空間」ってことに集約されるかもしれない。

旅行もそうですけど、ホテルへ泊まるっていうのは旅行先の滞在場所としての確保以外に、「いつもと違う」場所と空間を楽しむっていうことが大きいんだと思うんです。
そして、ホテルじたいがあまり強い個性を持っていると、そのカラーをうるさく思ってしまうところがあるんですよ。

非現実的でありながら、非常にニュートラルな場所であってほしい、のです。特にひとりで泊まるホテルなら。
最高の寝具があり、落ち着いた家具があり、窓からは夜景が美しくて、品質は最上級だけど「何かすごく特別な場所」と押し付けられているような気持ちにはならない、そういう部屋がいいのです。何が特別なのかわからないけど、部屋に入ると休まる、といったところがいいような気がします。

一見、普通のオーソドックスなホテルだけど、実は選び抜かれた調度が置かれて、サービスも程よい距離感とあたたかみがある。
慇懃無礼ではないが、おせっかいでもない。

シティホテル、とは名の通り、都会的な空気感を持っていてほしいのです。

たとえばそこに泊まることで、自分自身でホッと一息ついて、白い壁に自分の素顔を写し取ることができるような、そういうホテルがいい。
何百と、部屋があったとしても、このホテルの他の部屋で何が行われてどんな人が泊まっているだろうかなんて思い浮かばないような作りのホテルがいいのです。

時に気持ちも何もかも、まったいらにしたくなるときがあるでしょう。そういうときに、使えるホテルが欲しい。

大人の女性がひとりで泊まれるホテルは、そうあってほしいと思うのです。

食べたいモノが必要なモノ

12月 14, 2012 at 10:44 AM • Posted in 日記コメントは受け付けていません。

うちはだいたい3日分ぐらいの献立を決めて買い出しをして、朝のうちに夕飯の準備をしていたりするんですけども。
時々、夕方になって「なんか、今日はトンカツって気分じゃないんだよなぁ」ってこと、あるんですよね。
そういうことってありませんか?
パスタの予定だったけど、もっとさっぱりしたものがいいな、とか、あとは夫が急な用事で夕飯がいらなくなって、だったら別におでんとかにしなかったのに、とか、
まぁ、おでんならそれこそ翌日に回しても問題ないのでいいんですけど、お刺身とかね、そういうものだと「え~」ってなりますよね。

気分にしろ、突発的な用事にしろ、「作るつもりだった夕飯が今いち」になってくると、皆さんはどうしているんでしょうね。

最近の気分としては、次期レクサスisが気になって仕方がないのですが。
正直、夕飯の献立より何より気になります。これに乗って買い物に行ったら、さぞ気分がいいでしょうね。

それはさておき。
うちでは、気分の問題のときは、まぁ、夫が残業だったりして食事が二回、三回に別れる(末っ子と次男が最初に、それから遅めの時間帯に帰ってくる大学生の長男の夕飯、最後に残業で帰宅した夫と私、みたいに)時は、子供たちの夕飯はそのままにして、自分と夫はちょっとアレンジしたり、他のものを買い足したりしてます。家族も5人、しかも大きいのがいると、献立をイチから立て直しとなると、食材を買うだけでも大変ですから。
でも、大人ふたりの分ならわりとどうにでもなりますからね。
起きている長男なんかが、後から私と夫の夕飯見て、「あれ、ずるいな、おふくろたちだけ刺身がついてるし」みたいに言われることがありますけど(笑)

だけど、やっぱり、食べたいものの気分って大事なような気もするんです。食べたいな、と思ったり、あるいは「これは食べたくないな」って思うってことは、大抵は体が要求しているわけでしょう。体が欲しがってるものっていうのは、体が今、このとき必要としているもののような気がするんです。

だから、多少はもったいないことがあっても、あきらかに「今日はこれじゃない、あれが食べたい」ってリクエストがあったり、そう思ったときには、なるたけ、気持ちに沿った食事を作るように心がけています。
ただ、やっぱり家計の問題もあるから、アレンジですね。
なので、食材別の献立がのっている料理本とかは便利に使ってます。例えばトンカツ用の豚ロースを、もうちょっと違う味つけで、とか、そんなふうに。

結局、食べるというのも「食べたい」という気持ちからはじまっているのだと思います。

いらないモノを捨てる

12月 13, 2012 at 10:52 AM • Posted in 日記コメントは受け付けていません。

キッチンをリフォームするにあたって、廃棄処分になる古いキッチンのために一定の金額がかかります。うちに入った業者さんがいい人で「規定量のなかだったら捨ててあげますから、この際、いらないものとかあったら整理したらどうですか」って言ってくれたんですよね。地元の小さな業者に頼んだのがよかったのかな。

それで、押入の中かとか、大学生になった長男や次男の部屋も今回大幅に見直させました。
すると、でるわでるわ、いらないものの山ですよ!

もう長い間、ベランダにおきっぱなしにしているから忘れていたけど、すでに末っ子も卒業したふるーい三輪車とか、手押し車の類、押入の中からは上の子たちの中学時代の教科書とか、テストなんかの書類の束、もう壊れて使えないのにおしこんでいたカセットデッキとか、ホースが割れているけど「いつか修理して、上の子が独立したときに使えるかも」なんて思っていた掃除機とか。
考えてみたら、掃除機なんて、たぶん、実際に子供が独立するときには新たに買い直すに決まってるんですよね。

だけど今は粗大ごみもそうだけど、それに近いものも、「捨てるのにお金がかかる」し、さらに「捨てるために業者に頼む」というひと手間がかかるから、なかなか捨て時がない。さらに、「いつか使うかも」とか「直したら使えるし」みたいな、漠然とした気持ちがあって、捨てる決心がつかなかったもの。そういうものが思った以上にあるんですよ。

そういうもの全部まとめてみたら、いやはや、古いキッチン以上にたくさんありました(汗)

日頃から、うちのマンションは5人家族には狭い、狭いと文句ばっかり言ってたけど、その狭い空間にこれだけの「いらないもの」があったんだなぁと驚くばかりです。

そう考えると、スペースというのは実は非常にお金がかかっているものなんですよね。
いらないものを置いてる場所、死蔵品の置き場所も、立派に空間を所有しているわけです。

だから、実に「もったいない」んですね。
今の日本、都内に住んでいたら、何が高いって「場所代」が一番高価なものなのに、いつのまにかなんでもかんでも、おしこんでしまっていました。

これを機会に、今後は「使わないもの」に場所を占領されないように、年に一度は見直していこうと思いました。

日めくりカレンダー

12月 13, 2012 at 10:51 AM • Posted in 日記コメントは受け付けていません。

日めくりカレンダー、というのを皆さんご存知ですよね。
昔はよく、トイレの壁などにはってありました。毎日めくると、だいたい格言とか、為になる言葉とか書いてありましたよねぇ~。一日一善、とかね(笑)

自分のスケジュールじたいはスマホだったりパソコンで管理している人がとても増えてきました。
もっとも私はまだ、手書きの手帳派ですけど。携帯のスケジュール機能も利用はしているんですけど、やっぱり手帳のほうが使いやすいですね。

私の若いママ友は、ご主人とママとそれから子供のスケジュールをパソコン上のスケジュール帳で管理して、ご主人とお互いにそれをのぞけば子供も含めた予定がわかるようにしているそうです。共働き家庭のお宅では、そうすることで便利に使いこなしているのかもしれません。

わが家では、同じような役割を、脱衣所にある鏡のよこにある大きなシンプルなカレンダーがしています。そこに長男、次男、末っ子(末っ子の予定は私が書いているのですが)、私、夫と5つの欄を作って、大きな予定や夕飯がいらないとか、旅行予定とか、バイトの予定とか、書き込んでもらっています。こうすると、ひとめで私も夕飯の量とかわかるし、いちいち、本人たちをつかまえて予定を聞きまくらずにすむんで楽なんです。

だから、大きな、空白の多いカレンダーがわが家では必須なんですけどね。
たまたま、知り合いの僧侶から、日めくりカレンダーをいただいたんです。ちょっと懐かしくてね。
実用一点張りのわが家のカレンダーと違って、なんだか、ほんわかした色筆書きの絵がついて、「やさしい えがお みんな しあわせ」みたいな、「いかにも」の言葉が毎日、描かれている(笑)

トイレにはったら、子供たちに「なにあれ、ダサ」とか言われましたけど、言うわりには毎日やっぱり眺めているみたいで「みんなちがって、みんないい、とかって聞いたことあるし~」なんて食卓で話題にだしてますね。

それに、一枚ずつめくるのもいいもんです。一日があっという間にすぎること、一日の積み重ねだってことが、なんとなく実感できます。

来年は、家族の目につくどこかに「日めくりカレンダー」どうですか?